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やるわね、白馬。【第1話】
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| 「もしもし!あーら、どうもお久しぶりー!」 「出たみたいよ」 「そりゃあ、出なくちゃ!」 「ええ、元気ですわ。運転手さんは?そうそれは何より…どうしてらっしゃるかと気にしてましたのよ」 「また口から出まかせを言ってるわ!」とクールな冴子。 「さすが麗子ね」感心してるのはお嬢様育ちの京香。 「ええ、ええ!そうなの、今駅についたところよ。ええ、ゆうべ、長野市内に泊まりましたの。善光寺さんにも行きましたの。ええ、今朝はやくにバスでこちらに。すぐ来てくださるって?まあ!ありがとう!ねえ、みんなすぐ来てくださるそうよ!」 「まあ、親切ね。助かったわ!」「じゃあ、白馬の駅で待ってるわね…え?白馬よ、は・く・ば。すぐ来てちょうだいね」 と、麗子の持つ携帯がビリビリと震えるぐらいの大声で、相手の男性が叫んだ。 「はくばあー!!?!!!奥さんたち一体何言ってんのー!!オレのタクシー会社は北志賀なの!そこまで何時間かかると思ってんのー!!!!」 麗子は携帯を耳から離し、きょとんとした顔で冴子と京香を交互に見て、再び怒鳴りまくっている運転手さんに話しはじめた。 「まあ、そうなの。それは気がつかなかったわ。じゃあ、お茶でも飲んで時間を潰しているから、なるべく早く来てね」 早口でそう言うと、携帯を二人の方へ向けた。 「気がつかなかったって、そんなわけないじゃないよ!もしもし?!もしもーし!!オレ、社長に怒られちゃうでしょ?!ちょっと、聞いてんの?!…」 「ぷつ」 「あっ!」「あっ!」(麗子ったら、切ったわ…) 「あら、切れちゃったわ、変ね」 (すごい、やるわね。麗子…) 「さ、じゃ、お茶でもしましょう」 東京から来たこの三人、麗子、冴子。大学の同級生で、今はそれぞれに結婚して幸せに暮らしている(と思う)。麗子はスチュワーデス時代にパイロットを射止めて、冴子は商社マンと社内恋愛後結婚、京香は銀行務めの後お見合いで会計士と結ばれた。 いつも都内のお洒落なスポットで優雅に遊んでいた三人は、麗子の「都会に飽きたわ」の一言で、春に北志賀を旅し、そこで知り合ったタクシーの運転手さんを呼びつけたのだった。 「だって、この次も案内してくれるって言ってたわ」 「そうよね」 「約束したもの」 北志賀の自然に触れてから、すっかり信州通になったつもりの三人。近所でも、一回だけ行った信州を、まるで自分のふるさとのように宣伝しまくっている。 「やはり、都会にはない自然と、人と人とのふれあい、時間までもが大河のようにゆるやかに流れていくようですの。まあ!奥様はまだ一度も?!それはそれはお気の毒に。ええ、来週あたりにでも、また行こうと思ってますの。え?どこかって、ほら、あのーほら!…え?いま何て?息子さんが?スキーで行かれたことがある?どこ?そう!それ、そこですわ!ええ、白馬へ来週行きますのよ!」 またまた麗子の発言により、再び信州へやってきた三人。 どういう地理感覚なのか、北志賀にいるタクシーの運転手さんを白馬に呼びつけた。 さて、どうなることやら…。 「いらっしゃいませー!!」「いらっしゃいませー!!」 白馬村の、とあるガソリンスタンドに、一台のタクシーがヨロヨロと入って行く。 「レギュラー、満タンね…」目の下にくまをつくった運転手さんが言う。 後部座席では、いやみなほど満開の三人の女性が、身を乗り出して話しかけている。 「だって、最初に言ってくださればよかったのよ」 「そうよ、無理に呼び出したりしなかったのに、ねえ」 「そうそう、言ってくださればー」 「あれー?運転手さんどちらからですか?」と給油をセットしてガススタの女の子が聞く。色白の笑顔のかわいい女の子だ。 「…え?あ、オレね、北志賀…」 「えー?!白馬ではみかけないタクシー会社の名前だなって思ったんですよ!北志賀からですか!」 「うん、呼びつけられてね…」 「ちょっと、人聞きのわるい!」 「そうよ、この子が本気にしたらどうするの」 「私たちは東京から来たのよ」 「へー東京からですか。なんか、そんな感じする。都会的な…」と運転手さんのためにも、女の子は気を使って、話を逸らす。 「そう?」 「やっぱりね」 「わかるのね」 ご機嫌を直した三人は、お手洗いに行った。都会的な白い肌を守るためにお化粧を直しに行ったのだ。 「ねえ、わかる?オレ、大変なんだよ」運転手さんは、今がチャンスと女の子に訴える。 「は、はい!わかるような気がします。あの、頑張ってくださいね」 「ありがとう、君のその励ましだけを支えに、何とか乗り切るから。名前は?」 「かおりんって呼ばれています」 「かおりん、いつまでも、ドライバーたちのエンジェルでいてくれよ」 「?は、はい、よくわかりませんが、そうします」 「あとさ、あの奥様たちどこへ連れてったら、喜んでもらえっかな?あの、とりあえず、何か食べさせないといけないんだよなー」 「だったら、ガーリックっていうみそら野にあるお店はどうですか?地元でも評判だし、ピザやパスタなんですけど」 「ピザってのはわかるけど、パスパ?」 「…パスタですぅ。あの、スパゲッティ」 「あーあー、あれね、イタリアね、カンツォーネ!マルガリータ!ドストエフスキー!」 もうどこの国かよくわからない。 かおりんに店の場所を教えてもらったところで 「それと…あっ!来た来た!もどってきたよ!」 見ると三人は今回、かかとの低い靴を履いて、服装もずいぶんラフになっている。 前回の失敗で学習したらしい。 「さ、行きましょうか」 「おまたせしましたわ」 「じゃ、ごきげんよう」 走り去る車の中から、三人が皇族のように手を振っている。 かおりんは、(不思議なひとたち)と首をかしげて見送っていたが、「さ、仕事、仕事」と、哀れな運転手さんのことも一分ぐらいで忘れ去ってしまった。 白馬は全く縄張りちがいの運転手さん。が、それを悟られては、いけないと必死である。 「ここだ。どうだい?ええ?」と、自分の手柄のようにガーリックの前で車を泊めた。「ガーリック?」 「ピザや、パスタや、地元のひとにも大人気の店なんだってさ」 「まあ、よく探してくださったわね!」「さすがね!」「やっぱり、来てもらってよかったわ!」 「えっへっへ!まあね」 ![]() ピーチクさえずる小鳥たち?を従えて、親鳥の気持ちの運転手さんを先頭に四人は店内へ入っていった。 『ガーリック』 はどっしりとした丸太作りの建物で、店内にはカントリーミュージックが流れている。 「うーん、いい匂い」 「ええ、それにこの音楽。聞いたことがないけど、素敵な音楽ね」 「そうね、おそらく、これがロックというものね」と知ったかぶりの麗子が言う。 まあ、これがロックなのね、そうなのね、感心している冴子と京香。 「馬鹿言っちゃいけないよ。これがグループサウンズってやつだよ」と、とんちんかんな四人はテーブルに着いた。 メニューブックは手作り、随所に温かみを感じるガーリック。どっしりとした丸太に囲まれて、何とも落ち着いた気持ちになれる。 「やっぱり、こういうお店は都会では敷地の関係とか、なかなか難しいわよね」 「そうよね、それに、周囲にマッチしてないといけないでしょう?」 クリスピータイプのピザはオーダーが入ってから生地を伸ばすという。多少時間はかかるが、ガーリックオイルの香りがその香ばしさを引き立て、「オレぁ、外人の食べものは口に合わない」と意地になっていた運転手さんが一番夢中になって頬張っている。 「いやぁ、イタリア人ってのは、たいしたもんだね」 ![]() 「うふふふっ」 せっかくだから色んなメニューを食べてみようと、おすすめのスパゲッティ「ペスカトーレ・ロッソ」、ピザは「マルガリータ」「カルツォーネ」、四種類のピザが一枚になっている「カトルカール」を頼んだ。ボリュームもたっぷりだが、歯ごたえ軽やかなクリスピータイプのため、皆でぺろりと平らげてしまった。お店の隣には、ビビ君というサラブレッドがのんびり餌を食んでいる。ご主人は乗馬が趣味だという。 そこで、三人は乗馬談義に花を咲かせていたが、運転手さんが 「馬っていえば、やっぱ信州は馬刺しだな!」と言ったため、すっかり盛り下がり、女性陣のひんしゅく買ってしまったのだった…。 「さてと、腹ごしらえもしたし、どうすっかね?」 「せっかく来たんですから、どこか回らないと…」と麗子が前回運転手さんに注意されたため、今回はローヒールに履き替えてきたおみ足を、すっと前に出した。さすが元スチュワーデスである。 「ところで、奥さんたち、今日はどこに泊まるの?」 「え?!運転手さんが予約してくれたのだと思ってましたわ」 「そうよ」 「ええ、私も」 ねえ、と顔を見合わせてにっこり笑う三人に、運転手さんは抵抗する元気もなく 「はい、はい、わかりました、わかりました」と言ってうなだれた。 「とりあえずさ、宿だけは決めておかないとさ、困ったなー」 見渡すと夫婦らしい二人連れが、(奥さんに連れられるようにしてご主人が)歩いている。 エネルギッシュな奥さんと心なしかぐったりしているようなご主人の様子を見て、何だか妙に親近感が沸き、運転手さんは声をかけた。 「あのー、すいませんがね、泊まるとこさがしてるんですけど…」 「あらっ!私たちは地元のものじゃないのよ」 「ああ、そうでしたか、いや、弱ったなあ」 すると、ご主人がすっと前に出て 「もし、よろしかったら、ゆうべ泊まったところをご紹介いたしますが」 その暖かい口調と、すべてを超越した物静かな様子に、すっかり感服した運転手さん。 「それは助かりますでございます」と慣れない敬語を駆使して頭を下げる。 「いやいや、どうぞ頭をお上げください。あの女性たちの宿をおさがしですか?」 「ええ、そうなんですよ、それで、あの」 ご主人は、うんうん、とうなづいて、小声になり 「わかります。やたらのとこへは連れていかれませんな」 「ええ、そうなんですよ」 「わかりました」とご主人は再び深くうなづいて 「ゆうべの宿でしたら、まず満足いただけるでしょう。お嬢さんたち」と呼びかけると 「はあい」と何の躊躇もなく返事をする三人に運転手さんのほうが赤面する。 「ワインはお好きですかな?」 「ええ、好きですわ」 「よいワインをリーズナブルに楽しめて、ゆっくり落ち着ける宿をご紹介しましょう」 わっと喜ぶ三人をうさんくさそうに横目で見ていた奥さんのほうが、ねえねえ、とご主人の腕をひっぱって聞いた。 「リーズナブルって何?」 それはぜひ運転手さんも知りたいところであった。 〈つづく〉 |